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一時休止 ● 2001/10-2002/1
2001/10-2002/1 ◇ ポーズ
Fセンター・O氏はつぶさに情報を送ってくれるが、どれもこれも希望に合わない。折り込み広告、住宅情報誌などを見ていると、この辺の相場的には、 希望の広さで2000万台はかなり無理があると言うことがわかってきたので、土地の金額条件を上げることにする。となると、自己資金が厳しくなる。という ことで冬のボーナス1回分の現金を蓄えることにする。土地探しはちょっとの間お休み。入居予定は登紀子の育児休暇の明ける2003年春ということにして、 動き始めは子供が出てきてからだな。
それでも一応いくつか土地は見に行く。

川名。手前側は駐車場(余所の地所)なので、これで旗地。将来頭上にバイパスが通るかもしれない。

川名。バス停まで遠い。敷地は広いが、公園地内のため、建蔽率30%/容積率50%。100m2の家がぎりぎり建たない。
はずればっか。
どうする? ● 2001/4-2001/10
2001/4 ◇ はじまり
結婚後も、それまで一人で暮らしてきた2DKの借り上げ社宅(=賃貸マンション)で当分生活することにしていたが、社宅として使用できる期限(=2003年末)が迫ってきた。漠然と「家」について考え始める。
共働きなので、メンテや庭仕事、セキュリティを考えるとマンションは有利だが、新居には登紀子のグランドピアノを入れたい。入れるだけではなく、当然弾くので防音も必要だし、搬入のことを考えると高層階も難しい。そのあたりがネックになって、マンション案はなくなる。
2001/6 ◇ 建売?
翌年2月末に子供ができることがわかり、新居について真剣に考え始める。とりあえず近所の建売を当たり始める。折り込み広告に載っているお手頃価格の物件は、線路の側だったり、トンネルの上の法地100%だったり。
2001/7 ◇ 土地探し開始
見た目の雰囲気とか、なによりピアノを置いて使う「音楽室」を設えるには、床補強やら防音の点で、建売では無理っぽいと考えはじめ、注文住宅を建てる方向に向かう。しかし先立つものが…。とりあえず折り込み広告や住宅情報誌を中心に土地を探し始める。
土地の条件
- 100m2の家が建てられる。
- 藤沢駅、あるいは大船駅へできたら徒歩圏内。バスがあればなおよい。
- 2000万円台の土地。
- 子供が生まれているであろう2002年3月頃に入居したい。
展示場巡り ● 2001/8/中-2001/9/中
2001/8/中 ◇ 展示場へ
登紀子としては、上物については保証などの面から大手ビルダー以外考えられないらしい。
そこで、一番近所にあるABC湘南藤沢・鎌倉住宅展示場へ。
まず、登紀子が前もって訪問していた、経営危機が危ぶまれている木質パネル工法のMsホーム。営業マンには相手にされず、派遣のねーちゃんに応対される。登紀子が母親ときたときもそうだったらしい。やる気無いなあ。意匠的にはいろいろ工夫しているが、結局Mウッドって、ほとんどプラスティックじゃん。でも「蔵」はいいなあ。
続いて軽量鉄骨プレハブ最大手・Skハウスのモデルハウス。出てきた営業・A氏に土地を探している旨を伝えると、出入りの不動産業者を通じて紹介してくれるという。重厚なモデルハウスを一通り見る。
で数日後、Skの下請け不動産業者 Fセンター社のO氏がやってきて、手頃な土地の紹介を受ける。いくつかある中で特に勧められたのは、村岡東2丁目、藤沢駅からバス15分+徒歩5分、105m2(建蔽50%/容積80%)。建物の床面積が希望分確保できなさそうなので、ちょっと却下かな。とりあえず現地を見に行ってみる。
2001/8/下 ◇ 業者と土地まわり

村岡東2丁目。ちょっと狭いか。
O氏に紹介された現地を見たあと、付近にある建築中の建売をぶらぶら見ていると、「家をお探しですか」と声をかける者あり。中堅・J建設の若手営業マンとのこと。お手伝いできることがあればと言うので、とりあえずいくつか紹介してもらうことにした。
翌日J建設のショールームへ。登紀子は悪阻のため留守番。先日の若手営業と、もう一人もうちょっと偉い人(1級建築士の肩書きが付いてた)と一緒に、いくつかの物件を見て回る。どれもこれもという感じ。よさげな土地はJの建築条件付きだし。しかも駅から遠いし。

川名。近所。旗地。日当たり悪そう。

宮前。自然環境的には良いが、駅もバス停も遠く不便。

藤が丘3丁目。こんな感じでよさげなのだが…。

藤が丘3丁目(←の土地)、実はこんなところ。地下車庫付き。急斜面。前の道路が狭い。

柄沢。駅から遠い。ちょっと不便。

村岡東2丁目。この土地を2分割分譲。保育園目の前。駅まで遠い。
村岡東2丁目。この土地を2分割分譲。保育園目の前。駅まで遠い。
2001/9/上 ◇ 再び展示場へ
再びABC湘南藤沢・鎌倉展示場へ。目先を変えて、車を停めたところから一番近くにあった、SR2X4へ。地下室付き。地下室を音楽室に、というのはある意味理想だが、その代わり莫大な金もかかる。モデルハウス自体はそれを差し引いても、まあいいかなという感じ。少なくともSkよりは共感がもてた。
もう一軒は先日連れ回されたJ建設。内装のあまりのゴテゴテさに、登紀子は拒絶反応。
2001/9/中 ◇ 蔵
「蔵」が気になり、湘南台にあるMsのモデルハウスへ。意匠的にはよい。でも、なんでまた営業が出てこないんだろう。見込み客とは思われていないのか。Msの営業は質が悪いという話も各所で聞いていたので、やめ。だいたいこんな傾いてる会社に建てさせても、あとあとが心配だし。木質パネル工法って2X4と同じようなものと思っていたが、違うんだねえ。
わざわざ長後くんだりまで出てここ一軒では寂しいので、Skツーユーを覗く。ここも木質パネル。えーと、Skの子会社と思っていました。が、違うんですね。このご時世だし統合しちゃえばいいのに。・・・で、営業マンは熱心についてくれたが、いちげんさんでおしまい。
ソニー吹奏楽団 アメリカ公演ツアー 1998・7日〜8日目 (05/03〜05/04)
SJC
ただただ疲れまくり、ベンチでぐったり。
成田
空港から駐車場に行き、車。同乗者4人は往きと変わらず。湾岸線が渋滞のため、アクアラインで東京湾横断を決行。
横浜郊外で最初の一人をおろす前にファミレスで車代の精算と夕食。久々のうどんがうまい。
ソニー吹奏楽団 アメリカ公演ツアー 1998・6日目 (05/02)
朝食後楽器の積み込み。SF のど真ん中でトラックに楽器を積み込む集団はかなり異様。
前夜飲み過ぎたせいか、二日酔い。
サンタクララ・マリオット (荷物置く)
今夜泊まるホテルに荷物を置いて一息。
中華料理店 (昼食)
早めの昼食。二日酔いのせいか、部屋が狭いせいか、食べていて気持ち悪くなり、食事の途中で外へ。乾いた風に吹かれ、強い日差しに照らされて一息つく。人混み恐怖症。団体行動恐怖症。
フットヒル・カレッジ (合同演奏)
地元の一般バンド・サンノゼウインドシンフォニーとの合同演奏会。合同演奏の「祭の情景」のソロを担当!
打ち上げ
ユーフォの人は参加しておらず、何となく居場所に困る。二日酔いがまだ醒めず、テンションが上がらない。フルートやサックスの席でお茶を濁しつつ、グニャグニャする。
サンタクララ・マリオット (泊)
ソニー吹奏楽団 アメリカ公演ツアー 1998・5日目 (05/01)
朝食後バスに乗って出発。バックス・バーニー君は、現地ガイドの奥さんが営んでいるというキンダーに引き取られることに。彼は最終日まで我々と同行し、その後 LA に戻ることになっていたため、とりあえずニューオータニで預かってもらうことになる。
LAX
アテンダントの「Didn’t you keep any baggage from someone you don’t
know?(だったかな?)」と言う問いに、一同声をそろえて「Yes!」。否定疑問文は日本人は引っかかりやすい。正解は「No」。そんなもの持ってたら飛行機に乗れないので、アテンダントは目を白黒。あわてた現地ガイドが事情を話し、無事機上へ。
SJC
この旅2度目のSJC。バスに乗り換え。
サンノゼ (事業所演奏、昼食)
サンノゼオフィスへ。あわただしく準備した後、ランチタイムコンサート。いまいちノリが悪く後味が悪かった。
楽器を片づけて、サンドイッチで昼食。
ゴールデンゲート橋
フォートポイントの上の丘の上にある展望台へ。風が強く寒い。全体で記念写真。その後ウォーターフロント地区を通って、ユニオンスクエア近くのホテルへ。
パーク55
再び同じパートのY氏と同室。トラックの到着を待ち、楽器を部屋に運び入れ、支度をして夕食へ。
フィッシャーマンズワーフ (夕食)
ホテル近辺でショッピングの後、ケーブルカーに乗って終点まで行き、歩いてピア39へ。屋台のクラムチャウダーを食べたりする。
よさげな店を見つけて夕食。かなり酔っぱらう。
再びケーブルカーに乗りユニオンスクエアへ。